【佐藤優教授】【「教会論」の課題】 なぜキリスト教の教会は複数存在しているのか。その上で、エキュメニズムについて。
【福祉経済学】生活保護は公共事業以上の経済効果のようだ。ちょっと考察してみた。
コロナで生活が苦しい。生活保護を受けたい。でも受けたくない・・・。
しかし生活保護者の消費活動は地域経済にとって資産である可能性があるのだ。
少し考察してみたい。
一般的に生活保護は社会保障費の無駄遣いであり受給させるのを食い止めたい。いわゆる水際作戦である。
ところがである。生活保護者が東京以外の地域で生活することで地域活性化にもなりえるのだ。
その鍵が経済学部の1年生や2年生で学ぶ「経済波及効果」である。
それでは経済波及効果とは何か。
あなたが政治家だとして工業と農業どちらにお金を多く投資するだろうか。
農業に投資をすれば工業よりも雇用対策にはなるが経済波及効果は限定的である。
工業に投資をすれば技術革新が生じて国際競争力も増してGDPの押し上げ効果もある。もちろん雇用も生まれ、下請けを含めると経済波及効果が大きい。
それならば工業により多くの投資をすることは当然の判断となるだろう。
投資をする際は経済波及効果を予測しなければいけない。
しかしその経済波及効果が生活保護受給者にも生じるとは実は考えたことがなかった。
新鮮なアイデアだった。
不況対策でマクロ経済学が行うのは公共事業だ。国がお金を投資をして地方に橋や道路をつくったりする。それが雇用対策にもなるし地域経済も潤うので、不況から恐慌へと悪化するのを防ぐ。
無駄だといわれる公共事業にも価値があるのだ。ただし好景気になってら公共事業を続けるよりもプライマリーバランスの正常化を目指すべきなのはいうべきでもない。公共事業に多額の投資をするのは財政赤字を生みやすいからだ。
さてその公共事業よりも生活保護の方が経済波及効果が高いのではと推測されている。
しかし生活保護費は地方公共団体の財政を圧迫しているのではないかという批判もある。これは誤解なのだ。
生活保護費は地方公共団体からではなく大半は国から支出されているのである。
なので地方にとっては生活保護者は地域経済を潤す資産でもあるのだ。
わたしたちは経済不況や自然災害で止むを得ず働けない事態に人生で何度も遭遇するようになってしまっている。
今回のコロナもそうである。別に誰も怠け者ではない。むしろ東京オリンピックで一儲けしようと張り切っていた筈だ。
だから不況時などには思い切って生活保護を受けてしまう。生活保護者の存在は公共事業を行うよりも価値はあるのだ。
景気が回復してきたらまた働けばいいのだ、というのはどうだろうか。
【随筆雑記】吉村知事がTwitterした記事と共に刑法を再学習してみる。
最近、自分の頭(情報や知識)が心配になりリカレント教育にやっきになっています。
頭が心配になっているというのは物忘れをしてしまうという類ではなく、情報の鮮度が落ちているどころの話でもなく、完全なる時代遅れになってきていることであります。
普通は時代遅れとなると医学や情報科学とかが日進月歩とかドッグ・イヤーと呼ばれている自然科学なのだが今回は違う。
医学や情報科学は直ぐに時代遅れになるので鈍感でも気づくんですよね。
ところがあのカビが生えたような法学だと全く気付かなかった。油断をしていました。
次の発言を読んで考え込んでいます。弁護士の吉村・大阪府知事の発言である。
「アホか!どこが吉村知事の仰ることに問題があるん?無期懲役でも真面目にお勤めしていたら10年もしたら仮釈放やろ。それがアカンと仰る。何が問題あるんや!喝」
実はわたしも吉村知事の発言には賛成で無期懲役でも10年したら出獄できるなんて日本は優しすぎるじゃないのって思っていた。だからもっと厳しくしろと言ってるんだろうなって解釈しました。
さて、とある事情で詐欺罪で捕まったねずみ講の営業部隊の人のケースを調べていたら懲役5年だけど模範囚で4年6か月でシャバに帰還していた。
ちょっと厳しすぎじゃないって気になって調べていたら。2005年に刑法の一部改正で刑罰の厳罰化の方向性に移行していた。
そしてこの厳罰化によって無期懲役は事実上の終身刑となっている。早くても30年は刑務所で真面目にお勤めしないと仮釈放されないシステムになっていたのだ。
つまり吉村知事はこの一部改正を見逃した、もしくは30年でもシャバに出て来られたら迷惑だから一生刑務所で過ごせと仰せになられていることになる。
まあ重犯罪者は「無期懲役なぞ甘いから終身刑として刑務所で一生を過ごせ」という論旨なんでしょう。その代わりに死刑も廃止しようという流れなのかもしれません。
しかしそうするとイササカ厳しすぎるようにも感じてしまいます。やはり更生の機会を与えた方が刑務所で真面目に頑張ると思うんですよね。例え生涯GPS付きで監視されることになってもです。
あ、またグタグタと長文に。
以上、吉村知事のTweetを参考にして考えましたが、わたしの法学(刑法)のOSがWindows95とかWindows2000止まりで早急にアップデートしないとわけがわからなくなってしまっている現実に気づけたというのは不幸中の幸いでしょうか。
刑法以外も怪しくもはやレガシー・システムと化しているわたしのリーガルマインドをなんとかアップデードさせなくてはと頑張る日々ですね、もう。
【随筆雑記】生存権と勤労の義務②
- さて、労働とは何か。社会福祉を通して労働者の状態を学習しています。
- ちょっと昔の労働者がどのような環境で働いていたかについて調べてみると、当時の労働者が何を希望していたのかという情報が見つかり考えさせられました。
①ホームレス、②工場労働者、③熟練労働者、④資本家についてです。
①ホームレス
- 新世界の近く西成などでボランティアをしている本田神父によれば、ホームレスの願いは「人並みな普通の生活」のようです。「働かないで楽に生きたい」ではないんですよね。生活保護の受給を諸々の事情により拒否する人も多いそう。
②工場労働者
- 高度成長期の黎明に工場で働いていた労働者の手記を読むと壮絶です。「一週間に一日は休みがほしい」。とある労働者の考えるユートピア・理想郷は「一日6時間労働で大学に自由に通えること」でした。小林多喜二の世界のようでした。
③熟練労働者
- 2000年のミレニアムから本格的に始まった構造改革。当時の金融などで働く熟練労働者の願いは「片道1時間半の通勤地獄から解放され余暇を楽しみたい」でした。
④資本家
- 逆に目の敵とされる資本家の夢というのもあります。
- 昭和の経営の神様・松下幸之助翁。
「水道の水のように安くて良いものをじゃぶじゃぶつくること」
「地球上で一番たくさんのありがとうを集める」
- ワタミの経営者は子供の時にお父さんの事業が失敗、大学卒業後に就職した会社を半年で退職、佐川急便を1年で退職というダメダメなキャリア。そして某居酒屋で奉公しノウハウを貰いようやく成功したという苦労人です。どうして冷酷な経営者になってしまったのか残念です。
【まとめ】
- 何だか「労働時間が1日6~8時間、お休みが週2~3日あり、好きな学問をして、世のため人のため自分のため生きる」というのはスゴイ事のような気がしてきました。半世紀以上の階級闘争によって築き上げられた労働環境なんですよね。
- 夢のようなライフスタイルなのですが日本経済がジリ貧のなかでお先が真っ暗のような気もします。団塊ジュニアが高齢者になったときに社会はどうなっているだろうかと。益々市場の競争環境もレッドオーシャンになっていきますしね。
- シンギュラリティ技術的特異点が2045年といわず前倒しで実現されるのを願うばかりです。
- 今回のコロナの第一波では2年分のデジタルトランスフォーメーションDXが2か月でできたとマイクロソフトのCEOがいっているんで不可能ではないと期待。
- コロナのワクチンも10年かかるのをワープスピードで1年で開発・製造できましたから。
【随筆雑記】いまさらピケティ。哲学者マルクスは数学が苦手!?
- とある事情で中学・高校レベルの数学の学習をしています。
- 故・宇沢弘文教授の数学書ではマルクスの数学の証明は間違っているんですよと分かり易く説明があり目に留まる[注1]。
- 哲学者マルクスは今読み返してもハッとするような鋭い考察があるのですがやはり経済学者としてはいかがなものかという感じなのでしょうか。
- 京都は今でもスペクターが闊歩している珍しい土地柄のようです。
- 昭和初期に滝川事件などでK大を追われた教授がRitsに移り総長や学長になったという昔話も。
- 進歩革新系大学がある大学のまち・学生のまちという一面もあるんでしょうね。
- そのピケティが提案しているのが世界中の富裕層を各国の政府が連帯し資産に1%の課税をして貧困層に再分配することです。
- ウィキリークスWikiLeaksが各国の富裕層が非課税のタックスヘイブンで税金を逃れ私腹を肥やしているのを暴露したのが記憶に新しいです。
[注1]
▼マルクスは「数学にかんするノート」で微分は矛盾するという命題を証明しようとしたそうです。
〇マルクスの証明
dx = 0, dy = 0だから、任意の数aに対して、
dx = 0, adx = 0 ⇒ dy = adx ⇒ dy/dx = a
∴dy/dxはどんな値も取り得ることになり矛盾する。
〇マルクスは「dy/dx = limΔx→0 Δy/Δx 」を、
「dx = limΔx Δx=0, dy = limΔx→0 Δy = 0」と理解してしまった。
現代の経済学ぐらいは理解できる数学脳がほしい。あ、ここに誤りがあるのか。経済学の数学が簡単だと思ってるんですよね。最先端の経済学を理解するには数学科や物理学科レベルの数学脳が必要だという人も。まあ基本が理解できればわたしは十分なんですけどね。
【随筆雑記】生存権と勤労の義務
- エヴァを視て無性に働きたくなった。猛烈に筋トレをしたが自宅待機で鈍った身体を思い知らされる。コロナ前は社会福祉の施設で利用者の圧倒的なパワーを見せつけられ四ツ谷のジムに粛々と通っていた。下半身がクリスティアーノ・ロナウド並みに発達したのに驚いた。自分史上最高の下半身になったかもしれない。それが自宅待機でオンライン授業に移行しジムを辞め主にヨガをして過ごしていた。お腹もさらにぽっこりしている。このままでは働くどころではない。モラトリアム終了まで残り3週間。リハビリに励まなければいけない。
- なぜ働かなければいけないのか。ずーっとモラトリアムでニートとして過ごしたい。そう願う人も多い筈である。だが普通は働かないで家にいる人間には世間の目が厳しい。まあ東大や京大の学生なら「お家でお籠りしているのだわ」「きっと哲学でもしているのよ」「将来は哲学や文学で凄くなるかも」と世間は許してくれるかもしれないが。
- 答えとしては簡単で憲法に勤労の義務があるからですよ。若くて健康で働けるのなら働いて税金を納めてくださいね。国民の義務なんですから。「ぼくは親の遺産があり働かない。でも税金は納める。」なんて人間も世間からは白い目で見られるだろう。おそらく。
- コロナに感染したら2週間の隔離、誰とも接触せずに自宅やホテルに待機しなければいけない。コロナの流行を抑えるために夜間は働いてはいけない。今回のコロナ騒動や天災などで働きたくても働けず国による庇護のもとで生活を送らなければならなくなる。仕方がなく働かない人々を責める人は少ないだろう。
- 従来の労働観に亀裂を与えるような出来事である。コロナ禍ではできる限り外出は控えて引きこもっていてくださいね。オンラインでリモートワークする事が義となったのである。
- しかし「施設に行く事ができず両親の介護をしています」「学校に通えないので朝から晩まで子守です」なんて働きは労働として認知はされない筈だ。アン・ペイド・ワークは仕事として認知されないのだろう。だから「ボランティアで皆の為になる(少なくとは当人はそう思っている)情報をブログにアップしていました」というのを労働として認めてくれる人は少ないだろう。まあ週刊ジャンプのアンケート至上主義みたいなところもあるのでネットユーザーが価値あると多くの人が認めた情報は評価されるのだろうけど。
- ところがである。週刊誌の記者がフリーターより高給で菅総理の自宅を24時間張り込みするのは労働になる。スクープをゲットするかもしれないからだ。一つのスクープで1億円以上も稼ぐこともあるらしい。「稼ぐが勝ち」の世の中なのである。資本主義では結局。やはり労働云々よりもお金を稼ぐのが偉いという発想なのだろう。だからビットコインでもせっせとマイニングしていれば立派な労働なのだ。おそらく。
- コロナ禍で在宅でずーっと引きこもっている。誰かの役に立ちたい。でも稼いではいけない。あとで色々と面倒な事になる。という人は今のご時世は多いだろう。「労働とは何か」についてもう一度再定義するのが必要になっているのだと感じる。
- 追記:アン・ペイド・ワークも社会的に認知されるようになって来てはいる。ちなみに児童手当(子ども手当)は月額1万円から1万5千円。また介護手当を支給している自治体によってはあり平均月額1万円前後だそうです。
【ネタバレ注意】3.11東日本大震災と映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
- シンジと同様にゲロを吐きそうになりながら映画を視ていた。
- R-15、R-18指定でもいいかもしれない。意外と日本の映倫はゆるい。
- なぜか序盤は宮崎駿の作品にあるようなのどかな田園地帯にいる。
- アスカは沈むシンジに「メンタル弱すぎ」と発破をかけるがうつ病や拒食症状態のシンジには馬耳東風である。
- 前作では優しいお兄さんキャラが自爆した。トラウマになっても仕方がない。
- だが果たしてシンジはメンタルが弱いのだろうか?
- 東日本大震災の救助に向かった自衛隊が相次いで自殺して話題になった。
- イラクで海外派遣されても自衛隊員の自殺が急増したという。
- 自殺と言わなくても精神を病んでPTSDとなる人はたくさんいるらしい。
- おそらくシンジはメンタルが弱いのではないのだ。
- 適切なケアがなければ誰でもシンジのようになる可能性がある。
- 精強な自衛隊員でもだ。
- 最終決戦に向けてさらに追い打ちをかけるように仲間の死がシンジを襲う。
- もうメンタル崩壊してもおかしくはない。
- だがシンジは再び立ち上がる事を選択した。
- アナザー・インパクト、アディショナル・インパクトを防ぐためにこれでもかと悲劇が続く。殉死、カミカゼ、心中などなど。そして「さようなら。すべてのエヴァ」とラストシーンを迎える。ディズニーやUSJのアトラクションに乗っているようだ。映像は相変わらずグロテスクだ。だが聖歌がBGMで鳴り響き荘厳ですらある。
- そして少年は神話になった。
- 映画のエンディングロールが始まっても誰一人席を立とうとしない。
- 宇多田ヒカルの曲が鳴り響く。
- 最終決戦が終わるとシンジは日常に戻っていった。
- 映画館を後にするとシンジと共にあの世から帰還した気分だ。
- わたしの日常はこれからも続く。
- そう「人生で今が一番若いとき」であり「平凡な毎日を生きるのが重要だ」と委員長から教わったのだ。