【随筆雑記】生存権と勤労の義務

  • エヴァを視て無性に働きたくなった。猛烈に筋トレをしたが自宅待機で鈍った身体を思い知らされる。コロナ前は社会福祉の施設で利用者の圧倒的なパワーを見せつけられ四ツ谷のジムに粛々と通っていた。下半身がクリスティアーノ・ロナウド並みに発達したのに驚いた。自分史上最高の下半身になったかもしれない。それが自宅待機でオンライン授業に移行しジムを辞め主にヨガをして過ごしていた。お腹もさらにぽっこりしている。このままでは働くどころではない。モラトリアム終了まで残り3週間。リハビリに励まなければいけない。

 

  • なぜ働かなければいけないのか。ずーっとモラトリアムでニートとして過ごしたい。そう願う人も多い筈である。だが普通は働かないで家にいる人間には世間の目が厳しい。まあ東大や京大の学生なら「お家でお籠りしているのだわ」「きっと哲学でもしているのよ」「将来は哲学や文学で凄くなるかも」と世間は許してくれるかもしれないが。

 

  • 答えとしては簡単で憲法に勤労の義務があるからですよ。若くて健康で働けるのなら働いて税金を納めてくださいね。国民の義務なんですから。「ぼくは親の遺産があり働かない。でも税金は納める。」なんて人間も世間からは白い目で見られるだろう。おそらく。

 

  • コロナに感染したら2週間の隔離、誰とも接触せずに自宅やホテルに待機しなければいけない。コロナの流行を抑えるために夜間は働いてはいけない。今回のコロナ騒動や天災などで働きたくても働けず国による庇護のもとで生活を送らなければならなくなる。仕方がなく働かない人々を責める人は少ないだろう。

 

  • 従来の労働観に亀裂を与えるような出来事である。コロナ禍ではできる限り外出は控えて引きこもっていてくださいね。オンラインでリモートワークする事が義となったのである。

 

  • しかし「施設に行く事ができず両親の介護をしています」「学校に通えないので朝から晩まで子守です」なんて働きは労働として認知はされない筈だ。アン・ペイド・ワークは仕事として認知されないのだろう。だから「ボランティアで皆の為になる(少なくとは当人はそう思っている)情報をブログにアップしていました」というのを労働として認めてくれる人は少ないだろう。まあ週刊ジャンプのアンケート至上主義みたいなところもあるのでネットユーザーが価値あると多くの人が認めた情報は評価されるのだろうけど。

 

  • ところがである。週刊誌の記者がフリーターより高給で菅総理の自宅を24時間張り込みするのは労働になる。スクープをゲットするかもしれないからだ。一つのスクープで1億円以上も稼ぐこともあるらしい。「稼ぐが勝ち」の世の中なのである。資本主義では結局。やはり労働云々よりもお金を稼ぐのが偉いという発想なのだろう。だからビットコインでもせっせとマイニングしていれば立派な労働なのだ。おそらく。

 

  • コロナ禍で在宅でずーっと引きこもっている。誰かの役に立ちたい。でも稼いではいけない。あとで色々と面倒な事になる。という人は今のご時世は多いだろう。「労働とは何か」についてもう一度再定義するのが必要になっているのだと感じる。

 

  • 追記:アン・ペイド・ワークも社会的に認知されるようになって来てはいる。ちなみに児童手当(子ども手当)は月額1万円から1万5千円。また介護手当を支給している自治体によってはあり平均月額1万円前後だそうです。